1.
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もし「ロータリー財団」がなかったら |
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「今日のロータリー」はつまらないものだったと思います。国際奉仕プロジェクトも各 種の助成金も奨学制度もないのですから奨学生もいなく、ポリオ撲滅も行わず、人道的とか教育的という概念もロータリーになかったら、今日のロータリーは、とっくに消滅していたと思います。 |
2.
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水保全、識字率向上、保健・飢餓救済などは? |
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個人では解決できない問題ですが、ロータリー財団なら大きなプロジェクトを組み実施できます。 |
3.
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すべてのロータリアンがロータリー財団で未来をつくり歴史をつくる |
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毎年の「ロータリーの友」11月号にはロータリー財団で救われた感動的な記事が掲載されています。 |
4.
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ロータリー基金の歴史 |
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1917年、ジョージア州アトランタ国際大会のとき、国際ロータリー会長であったアーチ C. クランプが「ロータリー基金を作り、世界的な規模で慈善、教育、社会的にロータリーとして、何かよいことをしましょう」と提案しました。 |
5.
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26ドル50セント |
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翌年の1918年にミズリー州カンザス・シティー・ロータリー・クラブから同市での国際大会での余剰金26ドル50セントが寄付されたのが基金の始まりです。しかし6年後でも寄付金は700ドルに過ぎませんでした。 |
6.
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ロータリー財団 |
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クランプの提案から約10年後の1928年、寄付総額は739ドル7セントでしたが、基金の名を「ロータリー財団」に改称しました。 |
7.
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ロータリー財団管理委員会 |
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このとき1928年に国際ロータリーの定款・細則を改定し、寄付金は国際ロータリーと別個に管理することになりました。その組織が「ロータリー管理委員会」です。 |
8.
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ポール・ハリスが初めて500ドルの拠出を要請した。 |
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1930年、株価暴落で始まった世界大恐慌の翌年です。各クラブは慈善(社会)奉仕の資金がなくなりポール・ハリスが始めて「国際障害児協会支援の500ドルの拠出」を「ロータリー財団」に頼みました。 |
9.
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第二次世界大戦勃発で募金は集まらなかった。 |
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1937年、RI理事会が財団募金200万ドルの計画を発表しまたが、第二次世界大戦の勃発で募金は集まりません。 |
10.
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ポール・ハリスの逝去(1947年) |
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全世界のロータリアン、ロータリー・クラブから続々と寄付金が集まり、1年間で177万5千ドルを超え、1年間に12ヵ国の37名の学生に奨学金を授与し、150の家族に対し戦争救済支援1万5千ドルを充当しています。 |
11.
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ロータリー財団「週間」から「月間」に |
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1956年に、RI理事会は、毎年11月中旬に「ロータリー財団週間」を設け、ロータリー財団への認識を高めました。事務局やクラブや地区が、ロータリー週間にロータリー財団を宣伝するプログラムを計画、これが大いに成功したため、1982年に「ロータリー財団管理委員会」は「ロータリー財団週間」を「ロータリー財団月間」に改め、毎月11月をこれに当て今日に到っています。 |